To The City of Sloe Gin Fizz

翻訳、英語、海外移住、国際結婚などについて。

翻訳者の眼から見た機械翻訳

機械翻訳の進化で翻訳の仕事に起きている変化

ニューラルネットワークによる機械学習の技術が飛躍的に進歩したことから、これまでは人間にしかできないと思われていた高度な頭脳労働もコンピューターに取って代わられる…そんな話が近年目立つようになった。

翻訳もしばしば、機械翻訳の進化によって消えゆく職業だと言われることがある。実際、今の翻訳業界では機械翻訳(MT)+人の手による編集(ポストエディット、PE)、というワークフローが普及している。翻訳関連の求人サイトでも、この機械翻訳のポストエディターの募集を見かけることが多い。しかもこの仕事の単価は、翻訳の単価と比べると非常に安い。

「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」

ツイッターではベテランの翻訳者の方を何人かフォローしているのだけれど、先日「翻訳者視点で機械翻訳を語る会」というのが話題になっていた。

togetter.com

私は関西に住んでいることもあり、最近はなかなかこういうセミナーに参加する機会がない。なのでこうして内容をインターネット上で共有してもらえるのは本当に勉強になるし、ありがたいことだ。

まとめられている話の中でも特に

機械翻訳のポストエディットの仕事(MTPE)は翻訳ではない。ポストエディットの仕事をしていても翻訳の力はつかない。

・ポストエディットをしていると論理能力や言語感覚が壊れるという声があるし、実際に訳文を作る際の文章力が落ちてしまうケースが多い。

・翻訳者は論理的思考力、文章力、自作辞書の制作といった自己研鑽で「武装」すべし。

という点が印象的だった。

そもそも訳文のチェックは翻訳よりもしんどい気がする

私は機械翻訳のポストエディットの仕事はしたことはない。人の訳したもののチェックに回ることはあるが、自分の言語感覚と他人の言語感覚の違いをすり合わせながらさらに訳文と照合することになるので、自分ひとりで訳すよりも疲れる、というのが正直な印象だ。(自分よりうまい人の訳だったら勉強になるんだけれど…そうでもなかったり…。)

これが、基本的に言語感覚も何もなく(現状では)単語単位でのランダムな置き換えにすぎない機械翻訳のチェックとなれば、言語感覚が狂ってしまうのも当然だろうなという気がする。

翻訳に携わる人間はどうしたらいいのか

yoshi09001.exblog.jp

また、上記のセミナーに参加した、17年にわたって翻訳の仕事をしているという方の記事も印象的だった。この方はMTPEの仕事はしておらず、さらにCAT(翻訳支援ツール)であるTRADOSの使用を前提とした案件も基本的に受けていないそうだ。それでも仕事の質を保つことででクライアントからの信頼を得て、現在は十分な仕事があるという。

翻訳の仕事は職人の仕事

私自身も、まともにやり始めてから身をもって感じるようになったのだけれど、翻訳の仕事というのはしばしば誤解されるような「ある言語を別の言語に置き換える」だけの単なる作業ではない。むしろ木材から理想的な形をした精緻な彫刻を制作するのに似ている。つまり職人の仕事だ。単語単位の意味だけをとって組み合わせればいいみたいに思われがちだけれど、実際には文章の性質や読み手のことまで念頭に置きながら訳文を作り上げていく。だから機械でできることには限界があるし、人の手でしかできない領域がある。

そのことを忘れず、地道に1つ1つの仕事を丁寧にしていきたい。